TENNESSEE WALTZ
テネシー・ワルツ ~江利チエミ物語~
2005年9月3日-20日 シアターアプル

2006年8月19日-20日 明治座
2006年8月23日 町田市民ホール
2006年8月26日 彩の国さいたま芸術劇場
2006年8月29日 習志野文化ホール
2006年8月30日-31日 関内ホール 2006年9月2日 はまホール
2006年9月4日-5日 愛知厚生年金会館
2006年9月6日-8日 新神戸オリエンタル劇場
2006年9月9日 シアターBRAVA!
2006年9月16日 熊本県立劇場 演劇ホール
2006年9月17日 宮崎市民文化ホール
2006年9月18日 長崎ブリックホール
2006年9月19日 メルパルクホールFUKUOKA
2006年9月20日 大分文化会館

原作: 藤原佑好
  「江利チエミ物語~テネシーワルツが聴こえる~」
脚本: 山川啓介
演出・振付: 村田 大
音楽監督: 島 健
CAST

江利チエミ 島田歌穂
美空ひばり 久野綾希子(05) 剣  幸(06)
雪村いづみ 絵麻緒ゆう(現・えまお)

久保益雄(江利チエミの父) 下條アトム
清川虹子 弓恵子

中野啓介(中野ブラザース・兄)
中野章三(中野ブラザース・弟)

神崎順
阿部裕(06)
佐々木誠
清野秀美
青山航士
島田裕樹
上野聖太
寿依千(現・園田弥生)
谷えりか(05)
林久美子(05)
後藤藍
松本なお(05)
一  実
伊藤聡子(06)
上野理子(06)

MEMO

 死後25年を過ぎても根強いファンの方が大勢いる江利チエミさん。アメリカと縁が深い方で、幼い頃から大人が驚くほどの歌唱力の持ち主だった彼女は、終戦後10才になると、アメリカからの賓客をもてなすために料亭に呼ばれたそうです。革靴に見えるようにとお母さんがエナメルを塗った運動靴をはいた少女の歌は素晴らしく、以後進駐軍のキャンプに呼ばれるようになり、早熟の才能を存分に発揮、英語も耳からどんどん覚えたといいます。
 1952年、進駐軍が一斉に引き上げ、演奏の場だったキャンプがなくなっても、江利さんはキング・レコードのオーディションにみごと合格、わずか14才で「テネシー・ワルツ」を吹き込みます。翌53年にはその大ヒットでアメリカから招待されて渡米、まだ飛行機に乗ることが珍しかった時代、プレスリーもデビューしていない頃の話ですから、当時の人にとっては江利さんが未来を連れてくるような感じだったかもしれません。活躍はとどまることがなく、ジャズやラテン音楽を見事に消化して日本語で歌い、さらには日本初のブロードウェイミュージカル『マイフェアレディ』にも主演しました。
 その後、わずか45才で亡くなる2年前、最後のアメリカ公演を記録した江利さん個人のテープには、江利さんを選び愛したアメリカで来し方を物語るように、「とても親しくしていた」人との思い出の曲として、かつて夫であった高倉健さんの「唐獅子牡丹」が残されているそうです。そしてショーは「死んでしまいたいと思ったこともありましたけど、”私には拍手がある。よし、頑張ろう”とやってきました」という言葉で締めくくられているとのことです。江利さんには私的な面でいろいろな困難があったと聞きますが、ファンの方の想いを支えに、あの笑顔を保っておられたのだと改めて思いました。あまりにも若すぎた突然の死、ファンの方は江利さんを愛し足りなくて、その暖かな歌声に有難うが言いたくて、今も拍手を贈り続けているのかもしれません。   





 島健さんが音楽監督を担当したこの舞台、初演時には生バンドが入り、洗練されたジャズサウンドが劇場いっぱいに広がりました。
 江利チエミさんの多彩なレパートリーを反映して、舞台はジャズありレビューありラテンありミュージカルあり、はてはお祭シーンまであり、青山航士さんも七変化でしたが、ファンの間ではとにかく終盤の「エル・クンバンチェロ」が圧巻だと評判でした。日劇が閉館される直前の江利さんの公演、という設定だったんですが、出の回転ジャンプが目の覚めるように高く大きく、今も忘れられません。プエルトリコの作曲家ラファエル・エルナンデスの作品で、祭りで杯(クンバ)を打ち鳴らして騒いでいる人という意味なのだそうですが、青山さんの全身からリズムが打ち出されるようでした。ミュージカルって普通の服のような衣装が多いんですが、この時はぴったりフィットする短めのトップスに白の七分丈のこれもフィットしたパンツで、肩甲骨の動きからシャープなアキレス腱までしっかり見えて感涙ものでしたね。
 そしてファンとして忘れてはならないのが、以前からお知り合いではあったそうなんですが、神崎順さんとのご縁がこの公演をきっかけにして深まったことです。あるときは神崎さんが青山さんを美しくメイクアップした写真をご自身のブログにアップして下さり、ファン一同心の中で手を合わせて感謝しました。当時青山さんはフリーでブログもなく、本当に情報が少なかったので、神崎さんの公式サイト管理人のぼの様にも本当にお世話になりました。改めて感謝します。
 初演の会場・シアターアプルは、『五右衛門ロック』東京公演を最後に閉館となった新宿コマ劇場と同じ建物にあり、残念ながらこちらも閉館となりました。公演中、地元のお祭りがあり、街には江戸っ子の法被姿、劇中でも青山さんがカッコいい若衆姿を見せてくれるシーンがありましたが、本当に「祭りの後」は、思い出すことがいっぱいです。