青山航士
公式ファンサイト
only one
青山航士さん誕生日会
2011

page 1
DIETRICH
page 2
CHICAGO
page 3
WONDERFUL TOWN
page 4
GILBERT GRAPE
ファンの思い出アルバム


zipzapさんデザインの
バースデーケーキ。
haruさんから画像頂きました



only one top

PAGE 2

青山航士を応援する会

 そして昨年の誕生日会で、振りを交えて語って頂いた『CHICAGO』。08年の日本公演ではすでに他の舞台に出演することが決まっていたため、再演のオーディションを受けた青山さんですが、枠はスウィングを含めてたった2名。想像以上に厳しいオーディションのお話、フォッシーへの想いを聞いて、青山さんにとって憧れの作品だということが聞いている私達にもひしひしと伝わってきました。
 全公演が終了して青山さんのブログで怪我に関する記事が出ましたが、そんな大怪我を抱えていたとは全くわからない、素晴らしい演技だったので本当に驚きました。
 

『CHICAGO』
2010年6月 兵庫県立芸術文化センター KOBELCOホール /6-7月 赤坂ACTシアター

■ アクシデント ■
 青山さんは"Roxie"のソロパートでダイナミックな跳躍を見せてくれましたが、リハーサル開始後まもなく、その着地で左足首靭帯を損傷しました。「鈍い音がして、ああ骨をやったな、と思いました。F1レーサーなんかもそうですが、ああいう時、人間って一人で立とうとするんですね。大丈夫、立てます、と言いながら立とうとしても立ちあがれない自分がいました。」不幸中の幸いで骨には異常がなかったそうですが、靭帯が「かろうじてつながっている状態」で、常識的には出演は無理、という重傷だったそうです。ギプスをはめて、他の出演者の方のリハーサルを見学して振りを覚えることになりました。
■ 稽古場で ■
 「上半身は動かせたので、なんとか振付を覚えて。『CHICAGO』は本当にやりたかった作品で、またその自分の気持ち以上に、皆さんが見に来て下さる、楽しみにして応援して下さる方がいるので、絶対に初日には立って千秋楽までやり通そうと思いました。
 ただ気持ちはあったけれども怪我の治りは遅くて、ブロードウェイから派遣されたスタッフが来た日もまだ左足は靴を履けない状態でした。その日初めて「通し」があり、緊張しながら左足に靴下をはいて通してしまったんです。来たばかりの演出の方たちも、怪我をしたということは知っていて、通しを何とか終えたら、一週間でこんなに出来るなんて、とびっくりして下さって。大きい気持ちで言ってくれているんだな、とは思ったけれど全然問題ない、と言ってもらえて嬉しかった。そして本番までの約一カ月、リハビリしつつ、なんとか間に合って、初日を迎えることができました。
■ 公演中 ■
 開幕後も二回公演の時は足の感覚もなくなるくらいで、薬を飲んだり、関節の間にクッションを作り痛みを和らげる関節注射をうけたり・・・。それがもつのは2、3日なので、休演日には治療に行って、二回公演の日には薬を飲んで、昼公演だけの日はまた治療して・・・という感じでしたね。でも不思議なもので、皆も驚いていましたが本番中は全く痛みを感じないんです。終わってみたら腫れていたりするんですが。
■ 振り返って ■
 今思えば良い経験だった、と思います。
見学していた時期も、いざ入ってしまうと自分が見えないけど、第三者として全体を見られたので。皆がどういう動きでどんな表情で演じているかとか、ここはこうした方が良いということもすごく良くわかりました。
 プレイヤーとして中で動いていたら気付なかったことも多く、これは怪我の功名だな、ラッキーだなと思えるようになって。見学してずっとイメージトレーニングしていたから、一回目の通しに入った時にも色々な表現が出来たんじゃないかと思います。

 公演後、怪我のことはブログに書かなくてもいい、とも思ったんですが、応援して下さる方、そうでなくても「シカゴ」で検索して見に来た方が、壁にぶつかった時にも自分を信じて、周りから支えられて頑張れば乗り越えられる、ということを伝えられたらいいな、と思って記事にしました。
 自分でも精神的に成長できた部分がいっぱいあったので、『CHICAGO』は一生忘れられない作品になったと思います。これからの自分の支えに、力になる出来事だったなと。  皆さんがすごく応援してくださったこと、この作品に出合えたことに感謝しています。」
 振付指導のクリスト氏も足の怪我で一度は舞台生命を断たれそうになったことのある方なので、青山さんの想いも痛みも、誰よりもわかっておられたのかもしれないですね。
 青山さんが以前ワークショップを受講したフォッシーの愛弟子C.ウォーカー氏も、フォッシーの創造のエッセンスに触れるべく、舞台全体を観察しノートをつけていたそうです。本当に辛い毎日だったと思いますが、青山さんはパフォーマーとして最高の試練を与えられた、ということかもしれません。  

Copyright (c) 2011 F-Spirit Inc. All Rights Reserved.